パイロットインターナショナル

パイロットインターナショナルの歴史(歩み)

1921年10月創立記念会
1921年10月創立記念会

1921年            

 

10月18日アメリカジョージア州で認証されたボランティア団体です。
エリザベス・レオナード率いる40人の地元の働く女性たちが立ち上げ、当初から単に地方のクラブではなく国際的に活動する組織を描いていました。名称の「パイロット」は、指導者と案内人を代表する当時の力強い「水先案内人」に由来しています。

 パイロットの信条 :   友情と奉仕
 モットー     :      「いつも真実の道を」
 パイロットの色  :   緑色(生命と活力)

              金色(目的への誠実さ)
 エンブレム    :   船の水先案内人が持つ

              8本の軸がついた舵輪 

信条、モットー、エンブレム、そしてパイロットの色は設立時に定められ、以来世界各地でパイロットの象徴となっています。

 

最初にできたパイロットクラブは次の3クラブです。
・ジョージア州メイコンパイロットクラブ(以下PC)  1921年10月
・アラバマ州モンゴメリーPC 1921年11月               
・アラバマ州セルマPC 1922年02月

 

初年度の終わりにはこの他2つのパイロットクラブが設立され、初年度に5つのパイロット
クラブができました。

 

1922年

初代会長 Lucy B.Allenは、メイコンで行われたこの組織の第1回コンベンションで選出されました。
12月に執行委員会は運営の能率をあげるため、パイロットクラブをディストリクト(地域)に分割し、それぞれのディストリクトにガバナーを置くことにしました。

 

1924年

 「The Pilot Log」は、この年の1月に初めて発行。クラブニュースを載せた1ページのブリテンで、倫理規約の起草者、パール・スパークスが初代の編集者でした。


 

1926年 アラバマ州モンゴメリーで開催された第5回パイロットインターナショナルコンベンションにおいて、69人の出席者の中で現在もパイロット会員の規範となっている「倫理規約」が発表されました。アラバマ州フローレンスのパール・スパークスによって草案されたものです。
1929年

22番目のクラブはメキシコに設立され、パイロットは真に「国際的な組織」になりました。

 

 1949年

パイロットインターナショナル(以下PI)の会長ルビー・ニューホールが中学、高校、大学の学生たちを会員とするクラブを作ることを初めて提案。後のアンカークラブにつながるものです。

 

 1951年

日本における第1番目のクラブ「東京パイロットクラブ」が設立。

「よりよい社会づくりに、ひいては世界平和の水先案内人になろう」というパイロットクラブの理想に共鳴した当時の女性リーダー、神近市子、市川房江、藤田たき氏らによって設立されて以来、現在も各地で奉仕活動が続けられています。      

>>日本ディストリクト(地域)の詳細はこちら

  

1952年

5つのアンカークラブが設立され、パイロットがスポンサーになる高校クラブで「アンカークラブ」の名称が使用されるようになりました。「アンカークラブ」は学校やコミュニティセンター等と手をつなぎ、子どもの頃から地域での奉仕活動を体験することができるものです。

  

 1964年

 第43回記念を祝い、パイロットインターナショナル本部の建物の購入を発表。
メイコンの歴史的地区(風と共に去りぬ、の舞台となった地域)で1907年の建築で、白い円柱と赤い煉瓦で築かれた美しい建物でした。

  

1975年 

パイロットの人道主義的な奉仕活動を促進するために、パイロット・インターナショナルファンデーション(PIF)が設立されました。PIFは全米及び世界各地のパイロットクラブの活動を支援するための助成金の支給、また、小児病院への寄付、小児がん研究への支援、脳関連障害者、施設への支援等々積極的な活動を行ってきました。


 

1990 

 ~91年

パイロットインターナショナルとPIFは「脳関連障害」を奉仕の焦点としました。
これにより次のような活動が活発に推進されました。

・脳認識週間のアメリカ国内のスポンサーになり、脳の研究およびその社会対応に関する教育的プログラムを促進。
・全米身障者団体による「ナショナル・オーガニゼーション・パートナーシッププログラム」で受賞。
・脳関連問題、女性のための脳卒中教育などをアメリカンハート協会と共に活動。

・アルツハイマー及びその他の脳関連障害の科学的研究のための資金調達にパイロットウォークを実施。

「脳関連障害」への奉仕活動は、アメリカ合衆国、日本、カナダ、バハマ、シンガポール、アルゼンチン6カ国の各地で行われています。

 

1996年

10月にパイロットは75周年を祝い、パイロットの母クラブである「メイコンパイロットクラブ」が主催するお茶会が開かれました。日本においても記念の式典とチャリティコンサートが開催されました。

 

 1998年

10月にパイロットのホームページに世界中からアクセスできるようになり、情報交換と奉仕を高めるためにサイト www.pilotinternational.org は24時間豊かな情報と資料の提供を始めました。

2001年にホームページはすべて更新され、世界各地のパイロットのボランティアを支援するために広範なサービスを行っています。

 

2001年

BrainMinders -「一生かけてあなたの脳を守ろう」-という脳を大切に守るために子ども達に向けた啓蒙活動が導入されました。 

絵本やぬり絵を通じて幼稚園児などに向け各地のパイロットが行い、導入後6年で50万冊以上の本が配布されました。また、自転車や屋外での遊び・スポーツなどでの事故による脳への障害を防ぐために、子ども達にヘルメットの贈呈も各地で行われています。

 

2004年

PIは救命プロジェクトの支援を開始。これは緊急反応移動ロケーターと呼ばれるもので徘徊症候群を含む認知症、自閉症、アルツハイマー病、またはあらゆる脳関連障害の人にロケーターブレスレットを提供し、所在場所の把握、緊急の救命に役立っているものす。 

 

2006年

PIは本部建物の老朽化に伴い、新しい本部とヘリテージセンターの土地と設備を得るためプレストンコート102番地)でパイロットインターナショナルのヘリテージセンターのコーナーストーン祝典が行われました。 

 

2008年 

2月9日 新しい本部落成の祝典と見学会が行われました。

 

2009年 

1月31日 400名を超えるパイロット会員とゲストが見守る中で、ヘリテージガーデンの竣工記念式典が執り行われました。パイロットインターナショナルの幾つかの記念品を納めたタイムカプセルが埋められ、2071年の150周年で掘り出される予定です。

 

新しい本部建物(左)、ヘリテージガーデン(右)
新しい本部建物(左)、ヘリテージガーデン(右)